キチママらいふ-浮気・不倫・修羅場-

生活系の記事(修羅場・スカッと系を含む)を中心にまとめております。長文記事多め

    衝撃



    7:名無しさん@HOME2012/04/04(水) 09:49:51.33
    結婚した時旦那の姉夫婦は子供が3人いたけど、
    10年後の今9人に増え旦那は三人目。

    人んちだったら大家族でおしまいだけど、
    家が一人っ子だからなんでもあてにしてきて面倒。

    義実家もすでに二人とも故人だから弟でも実家じゃんよろぴくだって。

    40半ばでそんな言葉使いなのも痛い。



    788 :キチママちゃん 2020/07/30(木) 22:25:59 ID:15.85.L1
    実家が実は乗っ取りで辛い。

    諸事情で今住んでいるマンションを手放して平屋を新築で建てるか、中古で良い物件を買う事になり
    実家は普通の平屋なので母親に「実家を買った時、どれぐらい費用がかかったの?どういう基準で選んだの?」
    といった事を聞いた所、母は笑いながら「そんなの知らないわよ~」と言ってきた。
    知らないって、自分が買ったんじゃんと言ったら、「家なんて買えるお金、ウチにある訳ないでしょ?」とまた笑いながら言われた。
    それから母は、「そう言えばアンタには言ってなかったわね~」と言って自分から話し始めた。
    私が実家だと思ってた家は、実は母の親戚筋の人が建てた家だという事を……

    確かに実家に暮らし始めた当初、母の親戚だと言う一家(30~40ぐらいの女性、その母親らしき人、女性の娘らしい女の子)と
    一年ぐらい一緒に暮らしていた。暮らしてたと言っても基本的に生活は別々で、台所とかは共同だからそこで顔を合わせたら頭下げるぐらい。
    母からは「家を買うのにお金がかかった、だからあの人達(親戚一家)を一緒に住まわせて家賃を貰って貯金している」と説明されていた。
    一年ぐらいして一家は急に出て行ったんだけど、母によると私が知らない所で「我ながら暴れ回ったりして(笑)」とか、
    暴言を吐いたりして追い詰めて半ば無理矢理出て行かせたらしい。それ以来、実家は私のものになったんだと。
    もう数十年前の事だし、居住権もあるし親戚一家も女性と親はとっくの昔に亡くなったらしいから、問題無いんだと。
    そんな事を半笑いでさも武勇伝の様に話す母親が、別の生き物に思えてならなかった。

    そう言えば、母親は気分屋で楽しそうに笑っていた次の瞬間に激怒する性格だったし、
    父もたまに外で会っていたけれど、一緒に暮らし始めたのは私が中学に上がった頃ぐらいだった。
    両親によると、隣県で単身赴任してるって話だったけど、それにしても会うのは不定期だったし、
    色々つじつまが合わない事もあった。もしかしたら私の本当の父では無いのでは無いか?と思っていた事もあった。
    嫌な思い出もあったので、無理矢理に忘れようとしていただけだった。

    母の発言が本当なら、実家は乗っ取りだし、家を建てるか買うかどころの話じゃ無くなって家族には心配されてるし、
    無理矢理乗っ取って追い出した親戚一家にはもう謝る事も出来ないし、こんな汚い家族の血を引いているのかと思うと、
    本当に自分が嫌で嫌で仕方が無い。辛い。




    325:◆HvUupUtahqNc2012/01/26(木) 23:38:06.81 0
    豚切御免。
    こないだ元彼からメールきたよ…
    前提として、7年前に別れてから一度も音沙汰なし。
    別れたのは、私から「結婚するか、別れるか決めろ」と話したが、
    いつまでたっても「考え中」とはぐらかされるので別れた。
    現在は旦那も子供もいる。




    時効と思うからブラック企業で働いてたときの話させろ。

    1 :キチママちゃん 2014/05/14(水) 14:39:29 ID:SASSp7pmH
    一応気持ち程度にフェイク入れてる。

    派遣の契約期間が切れたから、正社員になろうと就職試験受けまくった。
    でも結果悉く惨敗。
    もう何社受けたかわからなくなったくらいで、ようやく就職が決まった。
    その日は母と某有名人の講演会に出かけていて、その帰りに電話を受けて、
    喜びのままお祝いのお寿司を食べた。

    翌日、うきうきと会社へ向かった。
    家から車で15分、土日休み、社保完備、残業代も出る。条件はよかった。
    時給もこちらでは「事務員だとこんなもんでしょ」っていう感じ。
    唯一の不満があるとすれば、就業時間が8時~17時。
    早起きが苦手な私にはつらいかもしれない。
    そう思っていた。




    287:名無しさん@おーぷん2015/06/27(土)15:44:39 ID:Tqz
    もうずいぶん昔の話なので、
    時効だと思って書き込む。
    特殊な話なのでフェイク入れるので、
    つじつまが合わなかったらスルーしてください。

    娘を出産したとき、
    産後の回復が思わしくなくてしばらく入院してた。

    本当に頭も上げられないくらいだったので、
    毎日なんとかミルクを搾っては、
    看護婦さんから娘に飲ませてもらってた。
    昔の田舎の産院には
    カンガルーケアなんてのもまだ普及してなくて、
    娘を抱いたのも2回くらい。

    時々はガラス越しに顔だけ見てたけど、
    娘は幸いにして元気すぎるくらい健康だった。
    元看護師の姑が面倒見てくれるというので、
    先に娘だけ退院させた。

    出産から1ヶ月くらいたって
    ようやく私も退院し、
    真っ先に娘の顔を見に行った。

    もう会いたくてたまらなくて、
    抱っこしてミルクあげようとしたんだけど
    ・・・なんか顔が違う。

    直接ミルクを含ませたのは
    そのときが初めてだったんだけど、
    「え?赤ちゃんってこんなに力弱いの?」と
    びっくりするくらい弱々しい。

    産院で見た
    元気なわが子の姿とはまったく違っていて、
    何があったの?と姑を問い詰めたけど、
    「赤ちゃんなんて1ヶ月で
    ずいぶん見た目が変わるものよ」
    とあしらわれるだけだった。

    旦那も
    「俺も毎日会ってたけど、
    別に何も変わったことはないよ」
    と言うので、納得いかなかったけど
    とにかく赤ちゃんとの生活が
    始められることが嬉しくて、
    その場は流してしまった。

    だけどやっぱり
    娘の顔色がおかしく見えて、
    「過敏になりすぎ」
    という旦那を押し切って病院に行った。

    先生がその場で色々検査してくれたんだけど、
    数日後に結果を聞きに言ったら
    「うちではどうしようもない」
    と大学病院の紹介状を渡された。

    内臓に問題があって、
    手術しなければ長生きできないと言われて、
    もう頭の中真っ白。

    すぐに大学病院に行って診てもらったけど、
    この子の体力がないとかですぐには手術できないと。
    とにかく今できることをやりながら、
    本人が手術に耐えられるようになったら
    すぐに手術しましょう

    という結論になった。


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