キチママらいふ-浮気・不倫・修羅場-

生活系の記事(修羅場・スカッと系を含む)を中心にまとめております。長文記事多め

    衝撃的

    前編 後編

    284: キチママちゃん[sage] 2019/01/24(木) 20:50:05.13 ID:x2m0LSqc.net
    自然消滅してからは、たまに「元気?」とか「あけおめ」的なやり取りをする仲だったんだけど
    いつも元気がなくても空元気を出すA子から「元気じゃない・・・」って返事が返ってきてね
    何かあったな、と思って、会って元気付けてあげることにした

    A子はA子父と縁を切られていて、そのA子父が気付いたら亡くなっていた
    遺産相続が兄と姉の間で勝手にすんでいて、事後報告だったって落ち込んでいた
    財産は欲しくないけど、せめて形見分けはしたかった・・・と
    これで兄姉とも縁を切ることになってしまい、父方親族とは先方から絶縁をしていて、母はA子の側から絶縁していたし
    私には家族なんていなかったんだ・・・と、小さくなってしまったA子が見ていられなくてね・・・

    さいしょは助けてあげようと手を差し伸べるだけのつもりだったのに
    帰る頃には、もう離したくなくて抱き締めてしまったのさ・・・
    次の日からA子のアパートの解約とか動き始めた
    すっごく回り道したけど、後悔はしてないよ

    前編 後編
    *記事が投稿され次第リンクが繋がります

    264: キチママちゃん[sage] 2019/01/24(木) 16:07:31.15 ID:IkPSlXl4.net
    俺とA子とは小学校からの付き合い
    A子はソフト少年団の控えピッチャー(正規の守備位置はサード)で
    俺が控えキャッチャー(正規の守備位置はレフト)という関係
    4番エースの主ピッチャーに追い付き追い越せと、少年団の無い日もA子の練習に付き合ってた
    少年団の付き合いなのでA子両親と顔を会わせる機会も多く、その時はごく普通に仲のいい夫婦だと思ってた
    A子は六年生になっても正規守備位置のレギュラーが精一杯と才能に恵まれなかったけど
    この縁で中学になってもA子と腐れ縁のままで、卒業するときになんとなくカップルになった
    社会人になってすぐの頃、結婚しようかな?という話になったのだが・・・

    まだ俺も若かったので「娘さんをください!」とA子両親に土下座しなきゃいけないと思い、カステラを持参して出向いた
    だけど正座で相対するA子父の様子がおかしい
    俺のことを認めてくれないのかと焦ったが
    ・これで私(A子父)の役目も終わりだ
    ・血の繋がらない娘(A子)を育てるのは辛かった
    ・お前(A子母)とは離婚だ
    ・もう私には関係ないので、これ(A子)と結婚したければご自由に

    淡々とした口調と裏腹にオリジナル笑顔(ガンソードでググってください)を見せるA子父という地獄
    呆然とするA子、俺は帰ろうかと思ったが足がすくんで動けず
    半狂乱のA子母との罵り合いを聞いてしまった


    前編 後編
    111: キチママちゃん 2022/03/06(日) 12:09:48 ID:FSdmAjnw0
    女ってほとんど自分がイチバンなんだって
    うちの姉貴が言ってたな


    前編 後編
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    1: 七波羅探題 ★ 2022/03/06(日) 11:53:11 ID:HJlFv9d19
    「あまり子どもは欲しくない」「結婚せず自分の収入のみで生活」が過去最高に 今の大学生、将来についての考えは?

    https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/omoshiro/202203/0015111928.shtml

    前編 後編

    422:心狭い◆20bIiZngZk2016/08/23()15:43:27.64.net
    昨夜は失礼しました
    捨て台詞はいて戻ってくるのは恥ずかしいのですが
    放り出すのも無責任かなと思い書き込みます。

    昨夜は携帯で書いていたので書き誤りの訂正が面倒だったのと,
    ぼかそうとしたこと,また酔っていたため
    矛盾があるかも知れませんがご容赦ください。

    嫁が30代前半,私は20代後半です。
    同じ会社に勤めていて収入は元嫁のほうが多いです。
    私はシステム担当で家内は総合のため,お互いの業務内容には詳しくありません。
    結婚したのは一昨年6月で結婚3年目。

    元上司は40代既婚,子供3人で
    私たちの披露宴の後すぐに上棟したのを覚えています。

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